剣と日輪
 と山本一佐の葛藤はそう落ち着いた。
「どうぞ」
 と招き入れようとした矢先、山本夫人が台所の準備を終えて、二人の間に割ってはいる形となった。山本夫人は日本刀を脇に抱えて硬直している公威に向って、
「まあ、愈々なんですね」
 と調子はずれの声(せい)容(よう)で出迎えたのである。
 山本夫人は大方の概要はつかんでいる。公威は丸で世間話でもするかのように、
「決起」
 の話をする山本夫人に、
「御邪魔します」
 と笑いかけて、すごすごと客間へ進んでいった。
 公威は長椅子の後に関の孫六を立掛けると、山本一佐と対座した。
「あらまあ、そんな所に刀を置かれては」
 山本夫人が両手を差し出すと、公威はすっと刀身を持ち上げ手渡した。
「かなわないなあ」
 といった感じである。山本一佐の背にあるグランドピアノの上に、山本夫人はそっと関の孫六を置いた。
「家の刀も、研(と)いどかないと。ねえ貴方」
「あ?うん。そうだな」
 山本夫人はそそくさと、キッチンへ下がって行った。
 当初の張詰めた空気は解れ、二人は雑談に終始した。山本一佐は適当に閑話に興じる公威に、
(あの日本刀は、一体何だったのか)
 と問いかけていた。
 公威はこの日山本一佐が決起に賛意しなければ、彼に翻意を迫る気だった。場合によっては自尽し、一佐を奮起させたかったのだ。もとより山本一佐に危害を加える腹は無かった。


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