剣と日輪
天人五衰編黎明
 快晴の晩秋である。
 午前七時に小林荘廊下に有るピンクの公衆電話が鳴った。必勝は飛び起き、受話器をとった。
「森田か」
「ああ。お早う、古賀」
「うん。じゃあ後で」
「うん」
 必勝は不眠のまま、清明を迎えたのだった。古賀、小川は十一月二十四日夜、小賀の下宿先である横浜市戸塚に在る大早館に宿泊した。小川は大事を目前にして、結婚していた。古賀と小賀は小川の入籍に祝杯を上げたのだった。
 三人は昨夜家族に宛てて手紙を記し、小賀は母親に電話した。
「明日からは監獄生活が待っている。ひょっとして明日武運拙く、自決する事になるかもしれない」
 小川、古賀、小賀には、
「憂国」
 の至情を後世に正しく伝播(でんぱ)していく使命がある。今日から三人は公威、必勝の宿志(しゅくし)を背負って生きていくのだ。その責荷の比重は昨日までの、
「学生運動」
 の比ではない。
 三人は清心(せいしん)を胸に、楯の会の制服に腕を通したのである。小賀は益田陸将に猿轡(さるぐつわ)をする為の日本手拭をポケットに入れて、黒色のカーディガンを羽織った。古賀と小川も益田総監緊縛(きんばく)用の、二メートル程のロープを各自のポケットに突っ込み、古賀は灰色のコートを着用した。そして目立たぬように三つの制帽を袋に詰めたのである。
「小川、寒くないのか」
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