滑稽なワルツ
「センセー、授業もう終わろーよ」

静まりかえっていた教室にざわめきが戻り出す。
一人の男子生徒が静寂を破ったのだ。

痛いぐらいの視線が自分から遠のいた事に、亜紀はほっと胸をなで下ろした。
こういう風に変に注目を浴びるより、相手にされないでいる方が何倍も楽だったから。

いつも息を潜めて、誰にも気にされないように、相手にされないように。
そうした方が、独りでいる事に耐えられた。
微かに震える右手を、机の下でぐっと握りしめる。

「そうね、少し早いけど終わりましょうか」

浅倉が号令をかけると、みんな一斉に散らばっていった。
友達同士でお喋りをしたり、雑誌を見たり、音楽を聴いたり―…

この何でもない風景と、亜紀はあまりにもかけ離れていた。

友達なんていないし、好きな雑誌や音楽なんかもない。
自分でも冷めている事を自覚するぐらい、何にも興味が持てないのだ。



亜紀は静かに息を吐いた後、机の中から一冊の本を取り出した。



―ラプンツェルのワルツ―



その本は随分年月が立っている物らしく、薄汚れ、角がへろへろになっている。

しかし、亜紀にとってそれは、何度も読み返し、どれほどまでにこの本を大切にしてきたかを物語る証であった。



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