さよなら異邦人
 慣れぬ手つきでキーボードを操作し、何とか4ページまで書く事が出来た。


 もう少し更新しようと思い、この後の展開を考える為に、私は一服しようと思った。


 襖がするすると開き、妻の淳子がトイレへ行った。出て来た淳子は、私の横に座った。


「珈琲でも淹れましょうか」


「ああ、そうしてくれるか」


「随分と熱心ね」


「うん、ちょっとな」


「そうやって煙草を咥えながら考え込む姿、久し振りに見た気がする」


「そうか?結構普段でもやってるけどな」


「昔は毎晩そういう姿を見てたのよね」


 淳子が言う昔とは、まだ結婚する前の話だ。アマチュア劇団で下手なシナリオを書いていたあの頃。


 新聞の折込広告の裏をゲネ書きにしていた。年中懐は素寒貧だったから、清書用にしか原稿用紙を買えなかった時代。


 灰皿の中から、まだ長い吸殻を探し、それを咥え火を点ける。そういった貧しさが何と無く、文学だ、みたいな気取りを持っていた。ある種のポーズでもあり、そういう空気の中にいるという自己満足だった。


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