さよなら異邦人
彼女は旅立った。

何故か、この時は少しも涙が出なかった。

泣きはしなかったが、僕はずっと不機嫌な顔をしていたと思う。

こういう日がいつかは来るだろうと覚悟はしていたし、反面、あいつの事だから、ひょこっと現れて、

「病気、治っちゃった」

と、言って例の無邪気な笑顔を見せてくれるかも知れないという、淡い期待もあった。

僕が涙も流さず、不機嫌になっていたのは、きっと、ちゃんと別れの場に立ち会えなかったからだと思う。

でも、その事で彼女の両親を不人情だとは思わなかった。

寧ろ、優しさと気遣いを感じた。

教室中に、女子のすすり泣く声が広がって行く中、僕は里佳子の机に置かれた花ばかりを見つめ、

これ、何ていう花だっけ……

と、そればかりを考えていた。

彼女が好きだった色も、こんな色だったっけかな……

その花がラベンダーだと教えてくれたのは、母だった。

< 196 / 220 >

この作品をシェア

pagetop