僕たちの時間(とき)




 ちょうど土手をあがった僕に飛び付いてきたのは、案の定、睦月ちゃんだった。

「聡さん、やっぱり私の卒業式、来てくれなかったのね! 待ってたのに、いくら待っても来ないんだもん! 1人で淋しくトボトボここまで帰ってきちゃったじゃない!」

「ごめんごめん」

 可愛くふくらんだほっぺたを、むにっとつまんで僕は謝る。

「もぉ、すぐ子供扱いするんだからーっ……!」

 ボヤいた彼女は、だがそのあたたかな手で僕の手を優しく包み込むと、少し大人びた笑顔で言った。


「――みぃちゃんのところに、行ってきたの……?」


 僕はそっと、彼女の頭を引きよせる。

 ――返事はそれで充分だった。

「水月に、逢ったよ……」

 睦月ちゃんのふうわりとした髪を撫で、僕は彼女の耳にささやく。


「水月は生きてる……ちゃんと“生きて”るんだ……!」




 忘れかけていた、水月が教えてくれた“真実(こと)”。

“彼女”が、僕に思い出させてくれた。

“僕達”は、再び新しい1歩を踏み出せる。

 今日“彼女”に出逢えたことを、僕は決して忘れはしないだろう。


 ――僕の“天使”は、もう僕の傍にいること……。




 もう一度、僕は土手の桜並木を振り返る。

(思い出を振り返るのは…、――もう、これで最後だ……)

 睦月ちゃんの華奢な肩を抱き、そして僕達は共に歩き出す。

 きっと……“ここ”は、これからも変わることはないのだろう。幼かった“かつての僕”は、この場所に置いていこう。

 もう振り返ることはない。

 僕はこれから、水月と描いた“夢”を、僕の“天使”と共に歩んでゆくのだから……―――。















 そうしてまた、新しい時間(とき)が、始まる……―――。










-『僕たちの時間【とき】』 fin.-


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番外編『君が通り過ぎた季節に…。』
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