僕たちの時間(とき)




『――これを弾いてもらえるかな』


 そう言って山崎くんが差し出したのは、1枚の楽譜だった。

『「僕が僕であるために」……?』

『そう、かの尾崎 豊の名曲だよ。聡から借りてるだろ、このCD』

 無言でコクリと、僕は頷く。

 彼が告げる、その歌手の名前と曲のタイトルには憶えがあった。

 渡辺くんが、『リスペクトしてるミュージシャンの1人』だと言って教えてくれた名前であり、真っ先に貸してくれたCDに入っていた曲だったから。

『この曲、ウチのヴォーカルの十八番だからね』

『「ウチのヴォーカル」って……?』

『ああ、言ってなかったっけ? ――聡だよ』

 聞いた途端、軽く驚き、思わず僕は当の渡辺くんを振り返ってしまった。

 …少し意外だった。

 確かに、考えてみたら普段の地声からして、3人の中では彼が一番、“良い声してるなあ”って思える声をしているんだけど。

 でもヴォーカルになるのは、きっと山崎くんか葉山のどちらかだろうと、なんとなく僕は思い込んでいたのだ。

 瞠った僕の視線から、彼はフイッと逃げるように顔を伏せる。まるで照れたように。

 ――そんな様子からしたって、とてもじゃないけど人前で歌なんか唄えるような人間には見えないじゃないか。

 しかも“ロック”なんて。
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