僕たちの時間(とき)
「唄、ですか……?」

「そうだ。あの坊主の、声、技術、素質、何でもいい。――どう思う?」

「あいつの声は……迫ってくるものを感じる。心に、直接訴えかけてくるような…そんな惹かれるモノを。技術的にはまだそれほどのものを持ってはいないけど、何よりも、込められた“心”が人の耳を惹きつける。――そんな、中身のある歌を唄う」

「あぁ。まだ未熟ながら、それなりに“残る”モノがある。それは確かだ。自分では、それを全く自覚しちゃあいないけどな」

「だからこそ、上へ上へと手を伸ばしているその渇望が、あいつを大物だと思わせるんだ。いつかメジャーになれる奴だって……!」

「あの坊主と《B・ハーツ》の『はるか』。受ける印象は正反対だが、2人とも同じものを持っているな。聴き手に与えるイメージが異なるのは、内側が違うからだ。サトシは“飢え”。はるかは“充足”。はるかは1曲1曲、充分に満足した気分で唄っている。あいつの中で、あいつは常に1番(トップ)だ。だからあいつの唄に人は惹かれるし、同時に、あいつ自身の唄も高める」

「でも唄だけなら…聡だけなら……! あいつの素質は『はるか』にだって決して劣るものじゃないんだ! 唄だけなら《B・ハーツ》にだって《ウォーター・ムーン》は決して負けてない! でも敵わないのは……俺達(バック)の技術が、まだ未熟なせいだ……!」

 そう唇を噛みしめる光流に向かい、「そう言うな」と、穏やかな口調でおやじさんは言った。諭すように。

「おまえ達はまだ若い。これからいくらでも伸びてゆくことができる。《ウォーター・ムーン》の全てを、いくらでも成長させてゆける。おまえらはまだ原石なんだ。磨けば必ず光る。続ければ必ずモノになる。――それに比べて《B・ハーツ》は、既にアーティストとしてのスタンスが確立されているバンドだ。今はまだその音楽に《ウォーター・ムーン》は追いつけないかもしれない。だが、いつかはそれを越すくらいのものを持っている。そう俺は、思ってる」
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