薔薇色の人生
仕組まれた陰謀
池谷さんを希望園に送り牧場に帰ると渉兄さんが来ていて、主の陽一と優子さんの三人で何か話していた。優子さんが『おせぇよ。電話くらい入れろよ。で、昭一は見つかったのか?』と聞いてきた。僕は不動産屋での出来事と希望園の状況を説明した。すると渉兄さんが『この前俺が訪ねてきたのは、ここの売却の噂を耳にしたんで確かめに来たんだ。まだ一部の関係者しか知らない話だが6年後に開催される陸上の世界大会がこの市で行われる事が内定しているらしい。それに併せて選手村の候補地の選定が水面下で進んでいて、この辺り一帯も候補にあがっているという噂だ』さすがにスポーツ関係の情報は早い。渉兄さんは続けて『それだけならいいんだが、この牧場を買収する不動産屋ってのが暴力団のフロント企業でな。おそらくどこかから情報を入手して候補地を片っ端から買い占めているらしい。おそらく一部の関係者と謀って巨額の売却益を狙っているんだろう』優子さんが慌てた様子で口をはさんできて『ちょっと待て。希望園の立ち退きは1年先に延期になっただけだって?間違いないのか?』『ええ。移転先を決めるのに時間があった方がいいとの事で、池谷さんも了承したらしいです』優子さんは『あの野郎…』と唸って目を三角にして怒っている様子だ。陽一が不審顔で『どうかしたのか?』と尋ねると『実はさ…ここの売却の条件として希望園の立ち退きの話を恒久的に凍結するという約束をしたんだ。あの狸オヤジめ…女だと思って甘くみてやがるな』渉兄さんが『仮契約の書類にその事は明記してあるの?』と訊くと『いや、できれば誰にも言いたくなかったからさ…。希望園の事については何も書いてないよ。でもさ!はっきりと約束したんだぜ』陽一が『それではただの口約束じゃないか』と、半ば呆れ顔で両手をあげてお手上げというポーズをとる。『渉兄さんは今回の件を白紙に戻す方法はあると思う?』と訊くと、難しい顔を優子さんに向け『さっき拝見した仮契約の内容によると、双方どちらかに明らかな過失がない限り本契約を結ぶとある。たとえ希望園の件を問題にしても過失とはならないだろう。という事は、現状では本契約をせざるを得ないという事だ』渉兄さんの言葉に皆は沈黙するしかなかった。
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