水とコーヒー
#3
先輩ご注文のオレンジジュースと、自分の分のジンジャーエールを持って席に戻ると、先輩はまだ少し拗ねた様な表情で「ありがと」と云ってから「人のことバカにしたけど、そういうキミはどうだったのよ?」と責め立てる様な口調で聞いてきた。

「一応普通に泳げますよ。今でも多分」

「どれくらい?」

「んー…その気になれば、まだ400くらいいけるんじゃないですかね。遠泳はしたことないんでわかんないですけど」

「足つかないで?!」

「足つかないで…って(笑)。そりゃそうでしょ、その為にターンとか練習するわけで」

「ちょっとなによー。経験者?水泳部かなんかだったの?」

「や、中高は別にやってなかったですよ。ただガキの頃肌が弱かったんで、水泳に通わされてたんですよ。スイミングスクールってやつです」

「なるほどねー。でもそんなの随分昔のことじゃない」

「あーいや、大学の頃ジムに通ってたりして、そこのプールでも泳いでたりしたんですよ。で、そのときも普通に流す感じで200くらいはイケたんで」

「しまったなぁ…なんかどんどん墓穴掘ってる気がする…」

「まぁ別に、どうということもないですよ。ガキの頃からやってたら、身体が覚えてるっていうか…そんな感じで」

そう宥める様に云うと、先輩はそれまでの少し拗ねた様な表情を変えて云った。

「そう、なのよね」

「え?」

僕は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた様な顔で聞き返す。

「そうなのよ。そんなもんなの。あたしのも」

「…ああ!」

なるほど、そういうことなのか。僕は先輩の言葉の意味を理解して、深く頷いた。特殊な能力や特別なことじゃない。僕が泳げるように、先輩も“ミえる”のだ。
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