先生、
ひらり、揺れて
時々無性に泣きたくなる。
わたしは遠回りをしないから(だってそういうのはとても面倒臭い)、大作と呼ばれた映画を見なくても、ベストセラーの本を読まなくても、ましてや自分を傷つけたりしなくても。
簡単に涙を流すことができる。
(ただ貴方を想いさえすれば)





ひらり、揺れて




(恋をすると楽しいけれど、その分哀しい。)
「じゃぁ次の問題を、神谷」
「‥はい。」
呼ばれてすぐ席を立つと、机と机の間をすりぬけて私は先生の立つ黒板の前へと行った。
格別成績が良いわけじゃないれけど、私は水曜6限、この時間に必ず想い人、相野先生にあてられる。
(なぜならその前の時間がプール授業で、みんな黒板に並ぶ数字を見ながら夢の中へと落ちていくから)
カッカッ。
震えてしまいそうになる手を必死でコントロールしながら黒板に書いた文字は今日も我ながら綺麗。(こっそり夜中に何度も練習したもの)
「せんせい、あのここ‥」
これであってますか?
ひっそりとした声で、先生に尋ねてみる。
これ、が。私はたまらなくすき。
本当は解答が完璧だと知っているけれど(だって授業の進行が速い隣のクラスの友達に答えを全部見せてもらってるから)
先生がどれどれ、とちょっと親父くさい事を言いながら身を屈めて、
近くなる顔に、揺れる優しい髪の毛に。
わたしはこの上なく欲情してしまう。
(ねぇ先生。)
この僅か数分の為に、わたしは水曜5限のプール授業に絶対参加したりしない。
眠くなるからじゃない、
先生のために校則を破ってつけたファンデーションが落ちるから。背伸びして塗った赤いリップも、こっそりと巻いた髪の毛も、全部先生に見てほしくて。(先生の目に少しでも綺麗に映りたいの)
「大丈夫。神谷の解答よくできてるよ」
にっこりとわたしに笑う時の目尻の皺も、ちらりと見えた不揃いな歯も。(すき、だいすき)
水曜日6限、私と先生の距離が最短になる時。
私はこれ以上先生に近付くことはしない。(先生の薬指に光る指輪の邪魔をしたくないから)
だからこの最短距離から離れる時、無性に泣きたくなる。
(嗚呼ほら、)
「席に戻っていいよ」
という柔らかな声に返事をして背を向けると、いつも私は、溢れる水分を止めることが出来ない。

(せんせい、だいすき)


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