記憶を無くした妻

記憶

病室のベッドで妻は寝息を立ててまだ眠っている。

息子に連絡したが、息子の学校は鹿児島県。

『命に別状もないし、怪我もたいしたことない。
お前は学校にいなさい。
母さんも心配ないと言っているから。』

と、嘘をついた。

息子には会わせたくなかった。

"自分の事を分からない母"に会った息子の気持ちを考えると、私は今は会わせない方がいいと思ったからだ。

医者の話では、記憶はいつ戻るか分からない、との事だった。

明日戻るかもしれないし、1年後かもしれない。
もしくは一生……。

そんな妻の寝顔を見つめながら、私は妙な気持ちに包まれていた。

悲しい様な虚しい様な…。

「なぁ…本当に記憶はないのか?」

何年ぶりかに私は妻の手を握った。

暖かい妻の手。

本当に何年ぶりだろうか…。

息子が生まれてから私は妻の手を握った記憶はない。
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