愛音-あいおと･短編

「ったく、ふざけやがって。」

良平はそう言って、まださっきまでの温もりが残るベッドに潜り込むように飛び込んだ。

次の日、良平は昨晩の出来事が夢であるようにと深い後悔に包まれていた。
「あーあ。」
でるのはため息ばかり･･･

良平はそんな自分に、早紀への自分自身の心を感じていた。

あの時の笑顔、あの日の出来事、あの時の････。

暇さえ出来れば早紀の事ばかりが良平の心の中を占領し、それは時間が経てばたつほど大きくなっていった。


実はあの後、ほぼ毎日のように早紀から謝りのメールが届いていた。

良平は今にも会いたくてたまらなかったが、返事したくてたまらなかったが、男としてのちっぽけなプライドがそれを拒み続けた。


そんなある日、いつものように営業廻りをしていると、とぼとぼ歩く良平の前に突然、早紀が現れた。


「こないだの夜はごめんなさい。」


早紀は良平の顔を見ることなく、か細い声で一つ一つの言葉を宝物のように大切に伝えた。

良平はそんな早紀をただ静かに見つめるだけだった。

「本当にごめんなさい。あなたみたいな男の人、初めてで････。」

早紀は変わず下を見つめたまま、細く静かに自分の心を伝えた。

良平は、手に抱えた営業カバンを地面に置くと、大きく背伸びをし、

「あーあ、何か疲れたな。もういいよ。」

そう言って、地面に置いたカバンをまた手に持ち、うなだれる早紀の横を通り過ぎた。

「わ、私、彼氏と別れる！」

通り過ぎた良平の背中から、大きな早紀の声が、良平の体ごと抑えるように響いた。