アリスズc
∞
 朝早く。

 桃は、屋敷を出た。

 クージェを町の端まで、見送るためだ。

 彼は、しっかりとフードをかぶっていた。

 ついに頭を隠せること、そして領地へ帰れることが、とても嬉しくてしょうがないようだ。

 何しろ、これまでまったく頭を隠さない二人と一緒だったのだから。

 この国の、貴族の跡取りである彼には、とてもつらいことだったのだろう。

「イエンタラスー夫人に、よろしくお伝え下さい」

 町の西側の門。

 桃は、それを強く彼に言うために、見送りに来たのだ。

 旅に出る前のような状態に、また戻ろうものなら、という気持ちを込めて。

「わ、分かっている…母とも仲良くする」

 彼女の心が伝わったのか、クージェは気色ばむ。

 ほとほと、夕日との旅で懲りたようだ。

 じゃあと。

 クージェが踵を返そうとした時。

「おおい、エンチェル!」

 いやな、記憶が、よみがえった。

 記憶?

 桃は、振り返りたくない気持ちを抱えながら、息を吐く。

「エン…チェル?」

 クージェが、何か分からないように、こちらの方を見る。

「いいから、気をつけて帰って下さい」

 桃は、そんな彼の背を押して歩き出させた。

 振り返り振り返り歩く彼が、ようやく町の門の向こうに出た後。

「上に尾長鷲がいるから、エンチェルもいると思ったぜ」

 肩に触れられる気配を感じ、桃はすぅっと身をかわした。

 すかっと空振る男の手。

「おっとっと、相変わらずつれない」

 かわしついでに身を翻す。

 彼女をエンチェルと呼び、馴れ馴れしく近づいてくる男など、たった一人しか知らない。

 カラディ。

 短い名前の──あのカラディ。
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