アリスズc

「一休みしよう…」

 従兄がそう言ってテテラを下ろした時、桃は驚いたのだ。

 こんないたたまれない状況で、休憩なんて呑気な言葉を吐いたのだから。

 しかも、イーザス込みでの休憩ということだ。

「ふざけるな」

 やはり──彼は怒ってしまった。

「ふざけてない…大事な話なら、納得のいくまでゆっくりするといい」

 お前から、彼女を無理やり奪おうとしているのではない。

 まるで。

 人というよりも、動物に語りかけるような声だった。

 手負いで牙をむく猛獣に、おびえるでも媚びるでもなく、静かに見つめ返す。

 伯父の姿が、重なって見える一瞬だった。

 すたすたとハチが隠れた方向へと、リリューが歩くのに桃もついていく。

 少なくともイーザスは、他の誰にも関わって欲しいなんて、思ってもいないだろうから。

 リリューがしょいこも持っていってしまったので、彼女をさらって逃げるのも難しいだろう。

 ハチは、泣き声ひとつあげずに、身を低くして草の合間にいた。

 まだ子どもであっても、この山追はとても賢い。

 きっと次郎を、守ってくれるだろう。

「リリューにいさん、あの男も都へ行くって言ったらどうする?」

 ハチを見下ろしながら、桃は気になることを口にした。

 テテラは、内密にロジアと再会させるつもりだった。

 できれば、これから彼女とずっと一緒にいて欲しかったのだ。

 それはきっと、お互いのためになるだろうから。

 しかし、イーザスは危険すぎる。

 彼に、ロジアが生きていることが知られたら、ここまでの苦労が全て水の泡になってしまう可能性が高い。

「来たければ、来ればいい」

 あっさり言われてしまって、桃は少し笑ってしまった。

 しょうがないなあ、もうと。

 母も、姉妹である伯母に、こんな気持ちを抱いたことがあるのではないだろうかと、ふと思った。

 どっしりとした力を持つものが、あるがままに生きているのを、見られる幸せという気分か。

 従兄は。

 何かに惑うことなど、ないのだろうか。
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