思い出のフィルム
彼女は突然立ち上がったものの、そのままゆっくりと座り込んだ。

私はこめかみを掻きながら、彼女の隣に座った。

何となくだが、彼女は私と今まさに同じような境遇なんじゃないかと思った。

何故ここに彼女がいるのかは理由は知らなかった。

けれども私は彼女のことを放っておけなかった。

「気分が悪いのか?」

私が声をかけると、今度は私の方を向いて笑って見せた。

「お気遣いありがとうございます。ただ何となく考え事をしていたから、少しボーッとしてしまいました」

私の考えすぎだったというわけでもなさそうだったが、一人になりたいときもあるだろうし、邪魔になってもいけないと思った。

「それじゃぁ、お先に」

私は手帳を鞄にしまうと、ゆっくりと立ち上がった。

すると背後から声が聞こえてきた。

「あの」

振り返ると彼女が立ち上がってこちらを見ていた。

彼女は視線を私に合わせた。

正面から見るとあどけないというのだろうか、なんとなく人を安心させるような、あえて言うなら優しい笑顔に見えた。

「どちらに行かれるのですか?」

彼女はどことなくあたふたしながら私に尋ねてきた。

「まだ決めてないけれど、どこかきれいな景色が見れるところかな」

すると彼女は私の身なりを見るなり、クビを傾げた。

確かに私の格好は真夏のクールビズとはいえ、会社に行く格好であることは間違いなかった。

「別にさぼってるわけじゃないさ。取材だよ、取材。ネイチャー特集のネタ探しってところかな」

私は途端に言い訳をするかのようにそう言った。

「君こそどこに行くのかな?学校はどうした?」

するとポケットに手を入れて何かを探すかのように指を動かした。

「私は学校をやめて写真家になるって決めました」

彼女はポケットから一枚の紙切れを取り出し、広げて見せた。

「そして私は、この雑誌の切れ端に書いてあるような美しい世界を写真に収めたいのです」

彼女が広げて見せたのは一枚の雑誌の切り抜きだった。

私はその紙を見たとき身震いをした。

気づくと私は胸ポケットから名刺を取り出し、彼女に渡した。

そして私と彼女の最初の冒険が始まった。
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