1970年の亡霊
 渋谷の東急本店の裏手を少し歩くと、三山が住む松涛町の単身者用警察官舎がある。

 周辺は閑静な高級住宅街で、この地区は特別保護地区に指定されている関係から、警察官舎があるのだ。

 特にこの地区にある官舎には、警察庁や警視庁に勤務するキャリア組が住んでいる。

 周辺住民の中には、四階建てのその建物が警察官舎とは知らない者も居る位、目立たずにひっそりと建っている。

 充実感の伴わない疲労感ばかりを感じながら、三山はまだ幾分明るい宵の道を歩いていた。

 以前ならば、定時に帰れる事など殆ど無かった。日勤といって、二十四時間本庁で過ごす事も週のうち、少なくて一日、多い時は二日や三日という時もあった。

 女だからという目で常に見られ、その事から人一倍仕事に没頭して来た。

 その反動という訳ではないが、人も羨む程の美人であるのに、この歳まで浮いた噂一つ無かった。

 三山はその事に後悔はしていない。自分から選んだ警察官の仕事である。

 が、現状はただ徒に時間だけが過ぎて行くだけの虚しさしか残らない。

 定時に本庁の資料室へ出勤し、机に座るだけ。やる事と言えば、新たな事件ファイルの作成位なもので、これも部下の事務係が殆どやってしまうから、三山自身は決済の判子を押すだけだ。

 夜目にもはっきりと判る白亜の豪邸が見えた。

 四つ角に常駐勤務の制服警官が、一人用のポリスボックスで警備に当たっている。

 三山の姿を見て、さりげなく会釈をした。

 その豪邸の角を曲がると、もう官舎だ。

 趣味の悪い邸だなと、三山は何時も思いながら角の道を曲がった。



< 13 / 368 >

この作品をシェア

pagetop