1970年の亡霊
 閃光とともに辺りを覆った甲高い発射音に混じり、部下の悲鳴がそれに続いた。

「応戦!応戦するんだ!」

 日野二尉は自らも89式自動小銃を構え、こちらへ向かって撃ち出されて来る射線の中心部へ引き金を引いた。

「固まるな!散開!散開しろ!」

 そう命令はしたが、部下の誰もがその場から動けなかった。間断なく撃ち込まれる銃弾は、正しく雨霰の如くで、しかも精確であった。

 少ない遮蔽物に数人ごと身を隠してはいたが、少しでも頭を上げると銃弾の餌食になった。反撃をしようにも、はっきりと敵が確認出来ない。前方には古いビルが一つだけ。そこの中から狙っている。

 いつの間に?俺達は待ち伏せされていたのか?

 そんな事はどうでもいい、今すぐ応援を要請しなければ!

「木田!木田はいるか!」

「は、はい!」

「本部に無線!応援要請だ!」

「は、はぃ、うぐっ!?」

 木田陸曹が携帯無線機に手を掛けた瞬間、一発の銃弾が彼の左側頭部を貫いた。

「木田っ!木田ぁ!」

 目をかっと見開いたまま倒れた木田陸曹の身体が小刻みに痙攣している。彼の近くに居た者が、勇敢にも駆け寄ろうとした。あともう一歩というところで、その者も撃たれた。

 このままだと小隊が全滅してしまう……

 日野二尉は、後方の桟橋横にある建物まで小隊全員を退避させなければと考えた。躊躇っている暇など無い。教育隊で訓練を受けていた時の事を思い出した。

 戦場では、あれこれ迷う事が一番の命取りになる。決断したら、己の判断を信じるべし。即断即行が部隊を勝利へと導く……。

「退避!後方の建物まで全員退避するんだ!」

 部下達に命じた日野二尉は、負傷した者を引き摺り起こし、後方へ下がろうとした。
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