1970年の亡霊
向けられた刃
「おはようございます」

 奥のデスクには、既に下山課長が来ていた。

 川合俊子の挨拶に軽く会釈するだけで、下山は椅子に深くもたれ掛かり、読み掛けの朝刊から目を離さなかった。

 自分のデスクに座り、パソコンを立ち上げようとした時、川合はふと違和感を覚えた。

 何事にも几帳面な彼女には、デスク上に置く私物にも一定の置き方があった。しかも、ほぼ毎日少しずつ変化をさせて整頓する。

 それらは、他人からは殆ど気付かれないような変化のさせ方で、彼女なりの法則があり、誰かが触れれば即座に気付くようになっている。例えミリ単位のズレでもだ。

 前日の状態と微妙に違うと感じた部分は、マウスの位置だった。

 パソコンをシャットダウンさせた時に、マウスをキーボードの横にピタリと着けて置いた。それも、きちんと平行にして。

 それが、数ミリだけ斜めになっていた。その状態でマウスに手を置くと、手首をやや捻らなければならない。完全に誰かが触れたのだ。

 念の為、デスクの引き出しを開けてみた。全ての引き出しに鍵を掛けていたにも関わらず、中も誰かが触れた形跡があった。

 そっと下山課長へ視線を向けた。

 彼女の視線に気付いていないのか、それとも気付いてないふりをしているだけなのか、川合が部屋に入って来た時と変わらない姿で朝刊に食い入っている。

「ういーっす!」

 絆創膏で顔の半分を覆った三枝が入って来た。

 彼の訳はないし……

 他の課員達をそっと見渡した。あらぬ疑心が湧いた。だが直ぐにその事を恥じた。

 私の思い違い、そうよ、きっと気のせいよ……

 悪い癖だわ……



 
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