天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
「ママ…」

携帯から香里奈の声が、漏れてきた。

ママと呼ばれる女の名は、速水明日香。

彼女もまた、歌手であった。

「あたしは今から、ダブルケイに戻るわ。あなたはどうするの?」

明日香は母親の顔になると、微笑みながら歩き始めた。




「メッセージか…」

高坂はホール内から出ると、出てきた二つ折りの扉にもたれた。

「わからんかった」

音楽に疎い高坂には、レダからのメッセージを受けとることはできなかった。

「しかし…」

顎に手をあて考え込もうとした瞬間、突然扉が開き…高坂は前のめりに倒れそうになった。

「何ライブ中に、抜け出しているのよ」

会場から出てきたのは、さやかだった。

扉の隙間から、アンコールを歌うレダの歌声が聴こえてきた。

高坂は何とかバランスを取ると、閉まっていく扉の隙間からホール内を見つめた。

「最後まで聴くのが礼儀よ」

少し怒っているさやかを無視するかのように、高坂は扉が閉まると、外に向けて歩き出した。

「ごめんだな。あれ以上いたら、息が詰まる」

顔をしかめた高坂の背中を、さやかは睨んだ。

「あんたは、音楽がわからないのよ」

「わからなくても、会場内の空気はわかる。何だ?あの空気は!異様だ!なのに、周りの人間はそれに気付いていない」

高坂は軽く舌打ちし、

「もし…世界の崩壊を伝えているとしても、伝わらない!」

会場の壁を叩いた。

「崩壊を止めることはできない!それだ!」

高坂は振り返り、出てきた扉を睨み付けた。

「あの歌手は、それがわかっている!ほとんどの人に伝わらないことをな!わかるやつだけでいいのか!ふざけるな!」

「高坂…」

「だったら、もっと幸せになれる空間を作れ!せめてな」

そこまで言ってから、高坂ははっとした。

「ま、まさか!」

会場内を見回し、

「敵がいるのか?」

拳を握り締めた。

「彼女の緊張感が、歌によるものだけでないならば…」

しかし、周囲を見回しても、2人には敵の存在を確認することはできなかった。

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