雨音色
牧が自分の机に戻った。


彼は昨日借りた洋服を牧の机のそばにあるコート掛けの所に置く。


「先生、昨日の服、ここに置いときます」


「いや、それは返さなくて良い。また会う時にそれを着用しなさい」


彼は笑った。


藤木は自分のこめかみが少し痙攣しているのを感じるのであった。


「おっと、もうこんな時間だ」


壁に掛けられた振り子時計が、荘厳な音を鳴り響かせる。


「先日の大審院の判例について、

講義してくれるよう頼まれておるからの。行くぞ、藤木君」(*)


牧が帽子を被り、片腕に数冊の本を抱える。


残りの大量の本を、藤木が抱え込む。


その足取りは、いつものそれより軽く、まるで踊りのステップを踏んでいるようだった。


藤木は小さく溜息をつきながら、その後に付いて行くしかなかった。






(*大審院…現在の最高裁の前身。)
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