雨音色
自分の部屋までへの長い廊下を歩いていると、背後に気配を感じた。


「・・・タマ、言ったのね、お父様に」


彼女は振り向きもせず言った。


「申し訳ございません。


しかし、お父様からは逐一報告するようにと言われておりまして」


「・・・でも、すっきりしたわ」


彼女は今日、自分が言った台詞と相手の顔を思い出しては、笑いそうになった。


「学者馬鹿との見合いはもう嫌よ。


自分の専門分野のことばかり話して、つまんないんだから!」


その言葉に、すかさずタマが言葉を重ねる。


「しかし、


『満州征服』に意外と時間がかかっていることについて話されたからといって、


『常識無しの空っぽ脳みそと話すことについては


それに匹敵するぐらいのかなりの無駄な時間と労力を費やす』


とおっしゃるのはいかがかと・・・」


「事実を言ったまでよ」


ふん、と幸花は鼻を鳴らした。


ふてくされる彼女に、タマは戒めるように言った。


「山内家は学者だけなのですよ、親族にいないのは」


山内家は日本でも有数の財閥であった。


彼女の2人の姉は、他の財閥や政治家の家に嫁いでいた。


「だから、日本の有能な学者様とお嬢様が結婚なされば、山内家は・・・」


「タマ」


彼女は真剣な眼差しでタマを見つめた。


「お姉様達みたいな生活は、本当に幸せなの?」


「・・・えぇ。そうでございます」


タマは答えた。『少なくとも、私たちよりは』という言葉を付さないで。


「・・・」


幸花は不満げな表情のまま、何も言わず、自分の部屋へ向かっていった。

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