幸せという病気
第16章【命】
第十六章 命




四月十八日。

遥と竜司が役所に行っている頃、武の心は揺れていた。



昨日の夕方・・・。


「ライオードミュージックの澤木と申しますが」

「はい」

「伊崎武さんでしょうか」

「そうです」

「実は伊崎さんが、この間のオーディションで歌った曲がとても反響が良くてですね・・・」

「・・・はい」

「是非、もう一度しっかりとお話をさせて頂きたいのですが」

「・・・ありがとうございます・・・」

「では明日もう一度、事務所へ来て頂けませんか」

「・・・はい。わかりました」



電話の後、武は悩み続けていた。

ずっと夢見ていたモノが、目の前で現実になろうとしている。



その時、武は理解していた。




――踏み込めば誰も救う事無く、自分の命を落とすという事を・・・――



それは、幸せ病との睨み合いのようだった。

領域は広がることも無く、縮まりもしない。

武は、ただ決心と誘惑の狭間で静かに何かを待った。

そして幸せ病は武の心を試し、コントロールさえしようとしている。

それが武に見透かされた幸せ病の、決死の地雷攻撃だった―――。




その頃、香樹の学校では・・・。


「・・・あゆみちゃんっ」

「ん?何ぃ?香樹君」


香樹が好きな女の子に話し掛ける。


「あゆみちゃんは姉妹とかいるのぉ?」

「私ねぇ、一人っ子なんだよ?」

「へぇ~」

「香樹君はぁ?」

「僕はお兄ちゃんと、お姉ちゃんがいるよぉ」

「いいなぁ~!私もお姉ちゃん欲しいっ!そういえばすみれ先生と付き合ってるんだよねぇ?香樹君のお兄ちゃんって」

「うんっ」

「結婚するのかなぁ~」

「あっ、お兄ちゃん、先生と結婚するって言ってたよっ!仲良いんだぁ」

「へぇ~!・・・」



その時、仲が良いという言葉にあゆみは少し淋しげな顔をする。

香樹はそれに気付かないまま、持っていた絵本を差し出した。

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