社会の枠
第4章
数日後、若菜から連絡が入り開店前に店へ行った。今日は仕込みをせずにボックス席に座って私を待っていた。私は向かいに座りタバコに火をつける。『何か飲みますか?』『ではビールをもらおうか』つまみの煮付けとビールを運んできてから『実は探りを入れたら話が妙な展開になりそうでして』と切り出した。私は『出店計画は進んでいるんだろ?』と聞き返した。すると『ええ、確かにそういう動きはあるんですが…。仁科さんのネタ元ってもしかして荒木組じゃありませんか?』と言う。私が肯定も否定もせずに黙っていると『黒粋会と中国人組織の周辺にはビジネスとしての提携話はあります。しかし、別の中国人組織と荒木組にも同じ様な話があるんです』私は荒木組が黒粋会に対して何か仕掛けているなと感じた。『悪いが依頼変更だ。荒木組についても探ってくれ』若菜は少し考えてから『わかりました。ただ、キナ臭い話になりそうなら、そこで手を引きますよ』と念をおされた。対抗する組織の動きを封じる為にマスコミを利用しようとするのは暴力団に限らず、民間企業や政治家でもやっている。何か釈然としない気持ちのまま社に戻った。立花が『いかがでしたか?』と声をかけてきた。私は今の段階では記事になるかはわからないが、情報の整理をしておく様に言った。夕方の18時をまわった時に立花が『仁科さん、今日はこれで退勤しても宜しいでしょうか』と隣のデスクから話しかけてきた。私が何も言わずにいると『子供を迎えに行かなくてはならないので…』と補足した。私は少し驚いて『あんた、結婚してたのか』と訊いた。『いえ、結婚はしていません。シングルマザーで子供は5歳の男の子で保育園に行かせてます』と返答した。『わかった。明日も3時だ。遅れるな』と言った。立花が帰り支度しているとき『あんた、家はどこなんだ』と訊いてみた。立花は『中野坂上です。母がいるのですが足腰が弱くて迎えに行けないものですから…』と答える。私はどうでもいいと思いながらも『朝は子供を送ってやらなくていいのか』と訊くと『近所に同じ保育園に通う子がいまして、朝はその子のお母さんが一緒に連れて行ってくれるんです。ただ、帰りくらいは迎えに行ってあげたくて…』と言って頭を下げて退勤した。翌朝も立花は3時に来ていた。これで初日から毎日続いている。
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