キミが刀を紅くした

「不満か?」



 ふと、主が言った。



「黒田影麿を逃がしたのが」


「いえ」


「構わん、言ってみなさい」


「……先程、黒は主に招かれたと言っていました。それが」


「間違ってはない。チャンスが欲しいと言って来たから、半助を殺せたら俺の忍にすると言った」



 俺を殺したら、か。

 この世に生きる人の命はこの人の一言で全て覆る。生を簡単に死に近付けてしまうのが徳川慶喜。時代を担う故の自由な発想。



「俺が欲しいのは強い忍だ。黒田影麿の様な頭が切れる男はいつか俺の意思に反発しかねん」



 違う。



「その点、半助。お前は頭こそ俺には劣るものの力と技術は素晴らしい。忍たるもの、やはりこうでなければいけないだろう。ん?」


「お褒めの言葉、光栄です」


「俺はお前が黒田影麿に負けるとは微塵も思っていない。だから黒田影麿にチャンスをやったんだ。得る物がなければくれてやると」



 主は従順な忍が欲しいだけだ。だって俺は黒よりも力がないし頭も悪い。ただ従えば良いのだ。

 従わなかったから黒は切られてしまった。生き方が上手くない。人の命をそれと扱う狂犬の手綱は握っておかなければならない。黒であろうと白であろうと例えその地位が誰より高かろうと。



「何か言いたそうだな?」


「仰る通りだな、と思いまして」



 主は満足そうに笑むと、後を頼むと言い残して部屋に入って行った。俺はそれを見届けて、窓から外を見下げた。新撰組の応援が来て裏切り者を連れて去って行く。

 勲章になるのか汚名になるのか分からない血は、主の屋敷の土に染み込んで分からなくなる。歴史と空気だけがそれを語るだろう。


 だから俺は狂犬を護る為に手綱を手にした。彼の元に呼ばれてからずっと、狂犬の正体を隠す為に手綱を握って何度も操作した。

 全ては護る為に。
 徳川慶喜と言う名の狂犬を。


(01:黒い狂犬の手綱 終)
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