キミが刀を紅くした

握った黒い刀


 世界はとてつもなく広いんだと俺のじいちゃんは言っていた。人はその広い世界に憧れるものだと。だが俺は広い世界よりも狭い自分の世界を守る方が大事だと思っていた。

 今も昔も、それは変わらない。


 ーー。


 それはまだ俺のじいちゃんが生きていた頃の話。齢で言えば七歳ぐらいだろうか。父さん母さんの顔は知らない。何せ俺はもとから捨てられた子供だったのだから。



「じいちゃん、腹減った」


「さっきご飯を食べただろう?」


「でも腹減ったんだって」


「仕方ないなあ、宗柄は。じゃあ、この刀を打ち終えたら甘味屋にでも行くかい?」


「おー。行く」


「うん。じゃあ待ってなさい」


「はーい」



 刀を打ってるじいちゃんの背中を見て腹が減ったから俺を構えと言うのが日課だった。辺りに似た年齢の子供は甘味屋の娘ぐらいしかいなかったし、当然興味の対象にはならなければ、遊び相手にもならなかった。

 だから俺の世界にいる人間は本当に俺とじいまたゃんの二人だけだった。そもそも、それ以外には要らないとも思っていた。



「さあ、行くよ宗柄」


「うん」


「何を食べようかねぇ。宗柄はいつもの草団子にするかい? それとも桜餅かな?」


「大福がいい」


「そうかい。じゃあそうしような」



 笑顔のまま俺とじいちゃんはいつものように甘味屋まで歩いた。外向きの椅子に座って幼い娘が運んできた茶を受けとる。そしてじいちゃんが二人分の大福と草団子を三つ頼んでいた。

 もちもちの大福。至福の時なんて大袈裟に言うつもりはないが、幸せの時だった。じいちゃんとここに来るのが大好きだった。



「なあじいちゃん」


「ん。なんだい?」


「その草団子どうすんの?」


「あぁ。宗柄には言ってなかったかな。明日からお隣さんが出来るんだよ。江戸から来るみたいだけど。名前はなんと言ったかな」


「お隣? あのボロ空き家に?」


「うん。だけど将軍様にお仕えしているみたいでね。息子さんは確か宗柄と同じ年頃だって聞いてるよ。あぁ、そうだ。確か名前は瀬川さんだったな」


「瀬川?」


「そう。瀬川村雨さん」


「ふうん。あ、じいちゃん大福おかわり」


「ゆっくり食べるんだよ」



 俺は幼い事を理由にあまり何も考えていなかった。だってじいちゃんが俺の世界を守ってくれていたから。俺は自由に生きていられた。そう。この頃は、まだ。


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