キミが刀を紅くした

 大人たちの遊びを見ていたが、勝ったのは吉原の旦那だった。いかさまをしたと誰かに言われていたけれどその証拠はどこにもない。旦那の言う女神っていかさまの女神なのだろうか。



「あー、すっからかんだ」



 大和屋の旦那は言いながら笑い、すっと席を立った。それに続いて吉原の旦那も立ち上がり俺も倣う。三人揃ってそこを出た時点でふと、俺は後ろを振り返った。

 振り返る事に意味なんてない。だがなんとなくそうした。すると賭博場にいた男と目があった――土方さんと、目があった。



「旦那方、ちょいと失礼します」



 ぐっと心臓を掴む様な目付き。土方さんは特に急いで俺を捕まえようとしていないのに、俺は急いでその場から走り去った。足音は聞こえない。土方さんは追い掛けてこない。なのにどうしてだろうか。罪悪感が拭えない。気持ち悪いぐらい、心が重い。

 走った先は花簪だった。血相を変えて入って来た俺を見て椿の姉さんはすぐに水を持ってきてくれた。けれど俺は首を振る。



「土方さんが」



 俺はそう言って旅館に上がった。瀬川の兄さんから話を聞いていたのか、椿の姉さんは率先して俺を厨房の方へ案内してくれた。

 和食の良い香りがする。



「邪魔するぞ」



 数分置いてから、土方さんが来た。



「ようこそ、歳三さん。お出迎え出来ずに申し訳ありません。少し中の手が足りなくて」


「出迎えてくれてるだろ。気にするな」



 土方さんはいつもみたいに休憩する様な感じで玄関の段差に腰を掛け、瀬川の兄さんに軽く挨拶をする。俺はその様子を厨房の影から眺めていた。心臓を打つ音が妙に早い。

 椿の姉さんは土方さんに茶を出す。



「いつも悪い」


「いいえ」


「瀬川は、飲まないのか?」



 茶を出すのを忘れている。あ、と椿の姉さんが言うと同時に、それをかき消すように瀬川の兄さんが流暢に喋りだした。



「実は今朝から腹の調子が良くなくて。多分、昨日腹を出して寝てしまったのが原因だと思うんですが」


「家で休んだ方が良いんじゃいいんじゃないか? 急ぎの仕事もないだろうに」


「そうしようと思ったんですが、中村殿が良い薬を持っていると大和屋に聞いたもので。と言うか半ば連れて来られたんですけど」



 苦笑いをする瀬川の兄さん。まるで千両役者だなと思いながら俺はその寸劇を鑑賞し続けた。土方さんは俺には気づいていない。このままいけば帰ってくれるだろうと思ったその矢先。

 土方さんがこっちを見た。

 俺は咄嗟に隠れたから多分、見付かっちゃいない。だがまるでそこにいるのがばれているような気分になる。どうしてだろうか。あの人の目は何も誤魔化せない。今までは味方だったからその目を向けられる事はなかったけれど、浪士はこんな気分だったのか?



「そう言えば、瀬川」


「なんです?」


「お前は暫く行方を眩ませていたな」


「あぁ」


「その間、どこにいた?」


「色んな所に行ってましたよ。行方を眩ませると言っても誰とも連絡を取ってなかった訳じゃないし、大方、大和屋が騒いだだけじゃないですかね」


「それはあるだろうが」



 土方さんは目をそらした。視線は近いのにまるで遠くを見ている様なそんな目だ。ぞくりと背筋が震えたが、俺は歯を食い縛った。なぜって至極怖いからだ。見付かることは当然怖い。だが俺が一番怖いのは。



「実は」



 俺は耳を塞ぎたかった。
 だが手は動かなかった。



「総司を探しているんだ」


< 293 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop