“いろは”な常日頃
ブログを書く時の名前は違います。本名ではないですけどねw

ああ現在某所では≠でその二つを括っています。

小説を書いている自分は『愁明』ではないと
心がそう思うのです。

ここを書いているのは『愁明』です。
 
 『自分』というフォルダがあって沢山のテキストというか、ノートパッドでの文字の羅列とかね…PC詳しくはないのでニュアンスねw

小説は『自分』というフォルダの中のテキストでしかまだ存在してい。

 自分を確立しているのは、結局自分でしかないだろう。

 『自分』というフォルダの中には『愁明』というフォルダが存在している。

 その中には確実に『詩・言葉』というフォルダがあるのだがその中には
内容ではなく、『一人称』のみが書かれたテキストが存在する。

 自分はもう一人の自分『愁明』(昔なら幸也だけどw)
を作り出している感覚なのだ。
難しい事や理論や論理をいう自分は『自分』でもあり『愁明』

他人には変な理屈にしか見えないだろう。
演劇や舞台という部分ではないしアーティストや
シンガーソングライターでもない。

だけれど、プロじゃないし未熟であるかもしれないけれど

『自分』でも笑ってしまう位に
もう一人の『自分』という存在だと思うんだ……――
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