“いろは”な常日頃
人の感覚の一部かもしれないが

一見意味の無い事にも
不可解だとしてもそこには
理由と必要性がきちんとあって
それは知識、糧になる。

その目の前の人の葛藤も
彼女の落とした涙にも、苦しむ彼の姿も
そしてそれを通りすがりの自分が
一瞬目にしたことも、もしかしたら理由があり
全て繋がっていたりするのかもって。

理由なんて無い・意味なんて無い
と言い切れる人は本当に居るのだろうか?

何となく、ふと…とか曖昧な答えも
実は既に理由って事になる。


じゃあさ愁明が今自分の詩に
「こう書いたことに理由なんて別に無いけど」
と言ったら? どうだろう。
それは意味も理由も本当に何も無いのか?

それはやっぱり読み手側が
読み取って欲しいという
「愁明の心理」が理由なのだと思うのです。
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