あやめ



初めて行く酒屋に少し迷いながらも、やがて『工藤酒店』の看板を見つける。


自転車を降りて店の脇に停めていると、


「ありがとうございました!」


店の中から、客らしき人に続いて女性の店員が出てきて、元気良く頭を下げるのが目に入った。


『酒』とプリントされた古風なエプロンをして、明るい色の長い髪を後ろで結んでいる。


その立ち姿や声の印象から、かなり若い女性だと想像できた。


客を見送った女性店員は、次なる客である僕に気付いて、


「いらっしゃいませ!」


完璧な営業スマイルで元気にそう言ったのだが、次の瞬間目を丸くして、笑顔が固まった。


なぜなら、


「なんで、あんたが…」


僕はその女性を知っていた。


そして彼女も、僕を知っていた。


そう、彼女は、傷だらけで強気で口の悪い、あの女の子、“ヤマザキ”だったのだ。


< 16 / 93 >

この作品をシェア

pagetop