水島くん、好きな人はいますか。


わたしは両親と過ごした記憶よりもはるかに、瞬と過ごした思い出のほうが多い。


お母さんとふたりきりになっても、それは変わらなかった。


家族であることには違いない。学校にも塾にも通わせてくれるし、お小遣いだってくれる。顔を合わせば会話もする。


けれどなにをされても、なにをしても、どこか遠い。


うまく言えない距離感がわたしとお母さんのあいだにはある。


当然のように存在するそれを目の当たりにすると、胸の奥が委縮する。


そんなわたしがいることを、瞬は気付いているのかもしれない。


実際に訊いたわけじゃなくても、気遣ってくれているんだと感じる。だから電話をくれたんだと思う。


面と向かって気遣われるのは苦手だから、それくらいでよかった。


お礼のチョコレートバーを見たら、『さすが万代』って喜んでくれる。



マンションのエレベーターに乗り込むと、携帯が受信を知らせる。


きっと瞬だ。息抜きも兼ねてゆっくり歩いてきたから、待つことが苦手な瞬は怒っているんだろう。


5階で降り、瞬の家のインターホンを押すと、やがて戸口が開いた。


「ごくろーさん」


門扉の前に立つわたしに瞬は近付いてきて、コンビニの袋を奪うと「入れば?」といつもの調子で言ってくる。

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