拝啓、親愛なる眠り姫へ
『本当に叶えたいことは、まず自分が誓ってから願うんだよ』

 大学入試を間近に控え、模擬試験の結果が散々なことに絶望し、神頼みしかないとぼやいていた頃だった。俺にしては珍しく投げやりで落ち込んでいた。

そう教えてくれた、子どもでも大人でもなかった頃のあいつは、どこか懐かしそうに笑っていて。あいつにしては珍しく分かりやすく優しかった。ああ、そうなんだよ、だから俺は…。

 お前゙ら"が幸せであることを、ずっと願っているから。俺は誓うんだよ、俺達自身が幸せであることを。

 俺の言葉のチョイスは宜しかったらしい。杉原さんは一瞬驚いたように目を丸くしたものの、頷いてグラスを合わせてくれた。

ビールも日本酒もハイペースで飲み干していた彼女にしては珍しく、じっくりゆっくりと味わうように。よほどこのブルーハワイに思い入れがあるのかが伝わってきた。

「ブルーハワイはね、大事な思い出の色をしてるから大好きなの。もちろん味も好きなんだけどね」

 わたしの幸せの色でもあるの。遠くを見つめるような表情が、なぜか脳裏のあいつの顔と重なった。どうしてだろうと首を捻る。いや、もしかしたら、ずっと前から、ただ気づいていなかっただけかもしれない。

俺にはあいつが、杉原さんには彼女がいて。そして彼らを通して俺達は繋がっていたのだ。

 決定的となったのは、彼女を失った時。喪失感、哀しみ、後悔を率直にさらけ出せたのは三人の間でだけだった。

感情の度合いを比べてしまえば、全く同じとは呼べないし分かち合ったとは言えない。それでも俺達は特別な思いを共有していたのだ。

 決して、失いたくなかったのに。と。

いつだって話すことはあの二人のことで、数年ぶりに再会した今夜だって、話題は同じく互いの親友についてだ。可笑しい程に変わらないものだと思う。

 だが、変わったこともある。当時と違って、俺達は各々の幸せについても語り合った。二人を差し置いても、こうやって和やかに時間を過ごせていた。

きっかけは、あいつらにあった。そして今はもう、すでに、俺達も友人だったんだなと些か遠回りをしていたような感覚に陥った。

『ひどいこと言って、ごめん』

『ははっ、あんなの気にしてないよ』

 ねえ、永峰さん。いかないでほしかったよ。

 せめて、こんなことしかできないけれど、俺達は幸せでいるから。どんな形であっても、君がこの世界にいるとしたらと、君の幸せを願うんだ。

そして君が愛した、あいつの分も。辛辣でそっけなくて、でも本当は誰よりも不器用で優しい奴で。君も恐らく同じ思いでいたでしょう?

 いつの日か、それでも必ずや、俺達が「幸せだ」って心から笑い合えるのを信じてるから。どうか、君も信じていてください。

「…近々さ、俺も勝負に出ようと思うんだよね。同じ女性目線でさ、参考に意見聞かせてくれない? 昔から俺はセンス悪すぎって、ボロクソに言われててさ…」

「おぉー! 私で良ければ何でも答えるよ!! でも、あくまでアドバイスだからね。最終的には自分で作り出すんだよ、最高のプロポーズ」

 愛する人と共にあること、それが俺達の幸せの条件。

「じゃ、これ飲んだら二次会といこうか! 明日休みだから、まだまだ飲むし夜は長いよ!!」

「えーと、俺は明日も仕事だから、お手柔らかに頼むよ…」

 今日中に帰れそうもないし、二日酔いは確定だ。ホテルの部屋に戻ったら、即座にベッドに倒れこんで泥のように眠るだろう。

それでも、楽しくて心地よくて仕方がない自分がいる。昼間さんざ嫌な思いをしたのに、あっけなく吹き飛んでしまった。

 苦笑しつつ、ふと杉原さんの胸元に目がいった。当然、厭らしい思惑などない。淡く光る小さな蒼、あの日も着けていたなと記憶が掘り返される。パワーストーンまたは自分の誕生石か何かだろうか。

そういや誕生日に一度、彼女に誕生石のブレスレットを贈ったことがある。あれだけが唯一、彼女に「悪くないじゃない」と珍しく暗に褒められた。誕生石を用いた婚約指輪も悪くないかもしれない。

 他にも考えるべきことは山ほどある。でも不思議と不安も恐れも感じない自分に内心驚いていた。

勝負云々は急に思い立った話ではない。今まで何度か考えたことがあるが、結局は己に自信が無くて先延ばしにしてきたのだ。

それはきっと誓ったからだ、俺達はまだ見えぬ未来も幸せであると。もう何も怖くない。

 杉原さんには後でもう一度、乾杯につきあってもらおう。今度は彼女の誕生石、ペリドットの碧に誓う。できれば次はカクテルの飲める店にしてもらって、どんなのが良いだろうか探してみよう。

そういや杉原さんの今の名字って何だっけ? それも合わせて聞かないと。ぐいと、蒼を飲み干した。



 澄みきった青達に誓う。さあ、作戦会議といこうか。




End.


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