世界を敵にまわしても


「……泣いてる?」

「泣いてません」

「俺が泣かせたみたいじゃん」

「だからっ!」


泣いてないと言う前に顔を上げてしまって、あたしを見下ろす先生と視線が絡み合う。


「ほら、泣いてる」


困ったように、でも優しく微笑む先生に鼻の奥がツンとして、視界がぼやけた。


「誰のせいよ」

「うーん……」


悩むふりはやめてほしい。


その仕草も、あたしを見つめるその瞳も、全部全部、愛しく思ってしまうから。


「俺のせいかな」


眉をひそめながらもどこか嬉しさを滲ませて、静かな湖にさざ波が拡がる様な。


穏やかで、相手の心を開かずにはおかない笑顔に、涙がポロッと落ちた。


……湧き上がる。心の奥底から、貫くような痛みを帯びた熱が。



音楽者らしいデリケートな指先でソッと眼の縁の涙を拭われた途端、あたしは先生の胸に飛び込んだ。


ほとんど無意識に抱き付いたのは、湧き上がる熱をどうにかしたくて。どうにも出来なくて、そんなこんがらがった気持ちの中でだった。


先生は少し体を強張らせて、数秒か数分か、暫くするとあたしを腕の中に閉じ込める。


不器用に、腫れ物でも触る様な手つきで、片腕で包みこんでくれた。


それだけで、どうしようもなく嬉しくて、幸せで。切なさと愛しさが積もる。


先生なのに、想ってしまった。
先生だから、想ってしまった。


どうしようもない程に、あたしの全部がこの人を求めてる。




――好きです、先生……。


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