世界を敵にまわしても


マンションから出るまでも、電車に乗ってる間も、椿と別れた後も、あたしは泣くのを我慢した。


家に帰って、それでもまだ涙が出そうだったら泣こうと、変な意地を張っていたから。


でも家に着いても泣くことはなくて、普通に夕飯を食べてお風呂に入って、部屋に戻った。


ベッドに腰掛けてすぐ、ボスッと音を立てて横になる。


……涙が出ない。何でだろう。


マンションを出た時から、椿と別れるまではずっと涙を我慢していたはずなのに。


「……疲れた」


あぁそっか。
疲れてるのか、あたし。


口に出すと、自分の体がやけに重いことに気付く。胸の、ずっとずっと奥も重い気がする。


ずっしりとした大きいものが、心にのし掛かってるような、そんな感じ。


あたしはゴロンと仰向けになって、天井を見上げる。特に何の変哲もない、白い天井。


あたしはそこを無心に見続けて、すぐに飽きると重い瞼を閉じた。


それだけで浮かぶ、先生の姿。表情といった方がいいのかもしれない。


椿がドアを押して、閉まる間に言った言葉。


あたしは晴に幸せにしてもらうらしい。何の冗談かと思ったけど、あれはきっと、椿なりに先生を試したんだと思う。



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