雪花-YUKIBANA-

店までの道のりを、タクシーじゃなく歩いて向かった。


行き交う人たちの服装は、今が春だということを忘れさせるくらい、みんな厚着だ。


かなり遠くまで歩いた頃。


道路わきの民家から、桜の木が枝を張り出していた。


まだ咲きそうにない小さなつぼみ。

まるで、頑固に誰かを待ち続けているようにも思えた。


その枝の先に、ふいに白いものが見えた。

見間違いかと目をこするほど、儚いものが。


近くにいた男女が、わあっと声をあげた。


「うそ!雪だ……!」


それを聞いてやっと、儚いものが現実味を持つ。


僕は反射的に空を仰いだ。

春なのに、たしかに雪が舞っていた。



突然、冬の日のことを思い出す――


人気のない公園、

枯れた桜の木。


あのとき彼女は、枯れ木に舞い落ちる雪を見て言ったんだ。


まるで、花が咲いてるみたいだね、って。



「……桜子っ!」


――なぜだか分からない。

けれど僕は走り出していた。


走って、走って、とにかく病院へと引き返した。


桜子がいる病室へ。

僕の、何よりも大切な未来へ――。



そこに義広がいた。

先生も、看護士さんたちもいた。


ドクン、と心臓が不気味に音をたてる。


義広が近づくいてくる。

走ってくるのが見える。


僕も、行かなきゃ。

なのに体が動かない。



――常位胎盤早期剥離。



耳慣れない言葉を、義広は僕に告げた。



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