忘れられない人

陽菜は少し震えた手でケーキをカットし、龍二の口の近くまで運んできた。

『はい‥』

このときはまだ下を向いていて、目を合わせようとしなかった。それがかえって龍二の心臓の鼓動を早めることに繋がっていた。

『あーん‥って‥して？』

そう言いながら潤んだ瞳で龍二を見た。心臓が破裂しそうなくらいﾊﾟﾝﾊﾟﾝに膨らんでいるのが分かった。平然を装うために陽菜から視線を外してキッチンの方を見た。

『ど、どう？美味しい‥？』

こういうのを「幸せ」っていうんだよな。視線を外したままの状態で「おう」と、素っ気無い返事をした。陽菜は龍二が照れているのを知ってか知らずか「クスッ」と笑いながら

『もっと欲しいでしょう』

と、嬉しそうに何度も何度も口にケーキを運んだ。元々、甘いものが苦手だったが陽菜が食べさせてくれるものは、体に合うということが分かった。


『お、おい！俺もうこれ以上は食べれな‥‥！！』

しゃべっている途中に運び込まれたケーキは、コントのワンシーンにありそうな光景を生み出した。

『えっと‥ごめんね？』

見事に龍二の口の横に、ベットリと生クリームが張り付いていた。ため息交じりで、右手の人差し指で生クリームを拭おうとした。すると、陽菜が少し舌を口から出して龍二に近づいてきた。そして「ぺろんっ」と生クリームを舐め取った。


『うん。美味しいね』

ほんのり赤みのかかった顔が妙に大人びていて‥‥そんな姿に龍二は正直戸惑っていた。

なんだか、陽菜は龍二が思っているよりずっとずっと先を歩いていて‥龍二はまだまだガキなんだということを思い知らされた気がした。


『どうしたの？』

心配そうに顔を覗こうとしてきた陽菜の顔を右手で隠した。目のやり場に困り、龍二は窓の外を見た。すると一瞬、強い光で目が眩んだ。


龍二、ここまでが俺が見せた「夢」だ。もう一度同じことが現実に起きる。この雰囲気を壊さず、プロポーズまで持ち込むんだ！

俺‥早くお前の笑顔が見たい。だから頑張れよ！！


少しずつ光を弱めていった。