~LOVE GAME~


「え?」

すぐ後ろで声をかけられ、驚いて振り返るとそこにはまさかの人物が立っていた。

「は、春岡君っ」

さっきまで話題に出ていた春岡龍輝が立っていたのだ。
うわ、と焦る。
なんか、タイムリー過ぎて気まずく感じたのだ。
しかし春岡君はそんなの知るはずもなく、私の隣に立って自販機を見つめた。

「何が飲みたいの?」
「えっ、あ~。いえ、もういいんです」
「いいから。何飲もうとしたの?」
「えっと……いちごミルクを……」

ボソッと呟くと、春岡君は「ふぅ~ん」と言いながら500円を入れ、いちごミルクをピッと押した。
そしてそれを拾い上げ、私の目の前にかざした。

「ハイ」

片手で私に渡しながら、もう片手で器用に自分用のコーヒーをピッと押す。
ってことは、これって……。

「あれ? いちごミルクでいいんだよね?」
「あの?」

戸惑っていると、春岡君は「あげる」と私の手にポンといちごミルクを乗せた。

「あ、ありがとう! ごめんなさい、小銭がないからまた今度返すね」

そう慌てると、春岡君はニッコリ微笑んだ。

「いいよ、別にこれくらい」
「でも………」

いくらジュースとはいえ、親友のちなに奢ってもらうのとは訳が違う。
知り合ったのだって昨日が初めてなのに、そんな急に奢ってもらうのはなんだか悪い。
素直に受け取れないで困っていると、春岡君がう~ん、と唸った。

「じゃぁさ。これ奢る代わりに、松永さんのこと名前で呼んでもいいかな?」
「え?」

突然の提案に、拍子抜けした声が出る。
な、名前で!?
名前で呼ぶって言った? 今?
どうして急にそんな話になるの!?
ポカンとしていると、春岡君は極上の笑顔を見せて「あとさ……」と言葉をつづける。

「俺のことも名前で呼んで?」

えぇっっ!!
名前で呼ぶ!?
なんかハードル高くないっすか!?
戸惑っていると、春岡君は困ったような表情で「ダメかな?」と聞いてきた。
そんな顔されると嫌とは言いにくい……。
まぁ、名前で呼ぶくらいならそこまで気にしないからいいけど……。
でも急な提案だし、知り合ったばかりだから少し驚いてしまった。

「ね、いいでしょ?」
「う、うん。わかった」

半分は押し切られるような形にはなったが、頷くと春岡君は嬉しそうに笑った。
キラキラの笑顔は、まぶしいくらい。
しかも、名前で呼び合うなんて急に距離が縮まったように感じる。
なんだか、昨日今日で展開についていけないが、新学期だしこういうこともあるだろうと納得することにした。
きっと、名前で呼び合うことで友達を増やしたかったのかな。

それにしても……。イケメンと友達になってしまった。
私がちょっと照れていると、春岡君もとい、龍輝君がクスッと笑った。

「楓ちゃん」

龍輝君は一本近づき、私の背に合わせるようにちょっと屈んだ。
その整った顔が私の目の前に来てドキンとする。

えっ! な、何!? 近い!

イケメンに耐性のない私はそれだけでパニックだになり、思わず一歩後ずさる。
すると、龍輝君はとても小さな低い声でこう囁いたのだ。

「なぁ、お前本当に覚えてないの?」

…………は?

その声は今までの優しい穏やかな声ではなく、低く、でもどこか面白がるような声だったので思わず耳を疑った。
お前って言われた? あれ、名前で呼ぶって……? そもそも、今の声はダレデスカ?
どういうことかと顔を上げると、目の前にいた龍輝君はすでにもう遥か遠くを歩いていた。
その背中は昨日見た背中と変わりない。

何?
今の、どういう意味?
覚えてないのかって、何を?
龍輝君のこと?
えっ? 私たち、知り合いだった……?

頭の中には疑問符が飛び交っている。訳が分からず立ち尽くしてしまった。
龍輝君と私、どこかで会っている……?
私はしばらく呆然とその場に立っていたーー……









< 10 / 84 >

この作品をシェア

pagetop