コーヒー溺路線
じっくり待つ
 

最近俊平は彩子を仕事帰りにマンションの前まで送ってゆく。それが二人の中で日課になりつつあった頃、俊平にはどうしても腑に落ちないことがあった。
 

見るからに内気な俊平が次第に大胆に、そして強引になってゆくことに彩子は恐れを感じていた。
 


 
「富田さん、帰りましょう」
 


 
近頃俊平は定時になると彩子の勤務する企画発足部までやってくるようになった。正直なところ、彩子はこの行動に非常に困惑しているのだった。
 

これを彩子が迷惑だと思い込まないようにしているのは、俊平の彩子に対する好意があらわになってきたからだ。
しかしこの部署には松太郎がいるのだ。
初めて俊平が彩子を迎えに企画発足部へ来た時にはさすがの松太郎も気分を害した。
 

この時は松太郎の顔色を伺うように彩子も松太郎を一瞥していたが、これが当たり前となった今、彩子がこちらを向くこともなくなり、松太郎は酷くうなだれた。
 


 
「富田さん、帰りましょう」
 


 
今日も俊平はやってきた。
しかし今日彩子はいつものコーヒーショップへ行こうと思っていたので断った。
俊平の腑に落ちないことというのはまさしくこれだった。
 

どうして彩子はたまに断るのだろう。
彩子ともっと一緒にいたいという俊平の欲は次第に大きくなってゆく。
 

もはや欲ではない。つまり俊平は彩子を束縛したがるのだ。彩子のことを全て知りたい。把握したい。彩子と生涯一緒にいるのは自分だ。
愛するが故に束縛が強くなる。
 

言うまでもないが、断じて彩子と俊平とが恋人同士という訳ではない。
 


 
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