コーヒー溺路線
 

「最近何も話してくれないな。彩子ちゃんはいつも俺に相談をしてくれていたのに」
 


 
マスターが半分は冗談で半分は本気といったような声で言った。
マスターの哀しい笑顔がその言葉に真実味を持たせている。
 

彩子は鼻の奥がきゅうと痛くなる感覚を振り払うようにマグカップを傾けた。
マスターは相変わらず笑った。
彩子も本当は全てを吐き出してしまいたいのだ。誰かに泣いて縋り付きたい。
本当は、松太郎に縋り付きたい。
 


 
「……。マスター、聞いてくれますか?」
 

 
「……。ああ、もちろん」
 


 
一瞬だけ驚いた顔をしたマスターも、また次の瞬間には優しい顔になり頷いた。
彩子はマグカップを両手で大切そうに持っている。
 


 
「松太郎さんが……。藤山さん、が、この前ここへ来たんでしょう」
 

 
「ああ」
 


 
彩子は慌てて松太郎のことを名字で呼ぶように直した。しかし、出会った頃には名字で呼ぶのがやっとだったというのに、今では松太郎を名前で呼ぶことが癖になっている。
 

そんな彩子をマスターは決してを笑わない。
だからこそ彩子はマスターにだけ相談をするのである。
 


 
「藤山さんが知っていると言う男性のことなんですけどね」
 

 
「待って、彩子ちゃん。まさか付き合っているだなんて言わないだろう?」
 

 
「違いますよっ。そういう話じゃあないんです」
 


 
身を乗り出して焦るマスターに彩子も慌てて否定をした。もちろん彩子に俊平と付き合うつもりは毛頭ない。
 

落ち着いたマスターはそれでどうかしたのかいと、彩子に優しく促した。
 


 
「自惚れていると笑われるかもしれません。でもきっと、あの人、須川さんは私に好意を寄せてくれているみたいなんですが……」
 


 
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