溺愛プリンス
だって……だって。
その顔は、本当に嬉しそうで……、まるで少年のような笑顔だったから。
ハルは少しだけ身を乗り出すと、なんだか得意気に言った。
「日本ではそう言われてるんだな。
けど、これは知らないだろ?
俺の国では、いなくなった者に言葉を届ける方法があるんだぞ」
「言葉を届ける?」
「そうだ」
頷いたハルが、スッと指示した先。
それは……。
青白い輝きを放つ満月。
静かな海面は、まるで鏡のようで真っ直ぐにその光の筋を浮かび上がらせていた。
わあ……キレイ……。
「ムーンロード。月の道だ」
「……月の、道……」
気付かなかった……。
本当に、月から道が出来てるみたいになってる。
「人は、この道を通って還る。だから月の道が出来る晩にだけ想いを届けられる」
想いを……届ける……。
幻想的なその光景は、あたしの時を止めてしまうには十分で……。
「これは俺の国に伝わる言伝えだ。志穂には特別に教えておいてやる」
「……」
そう言ったハルは一歩前に歩み出ると、視線だけをこちらに向けた。
闇に溶けてしまいそうなハルの髪が、緩い風に柔く揺れる。
ブルーの瞳は優しくあたしを見据え、すぐに離れた。
波の音と、耳を撫でる風の音。
それだけが聞こえる世界で、ここにはあたしとハルのふたりきり。
星たちはその姿を消し満月だけが神々しい光を放ってた。