A線上の二人
序章



 羽生 達哉は、一応、楽団に所属している一般的なヴァイオリニスト。

 音楽家の家庭に生まれて、3歳の頃から英才教育を受けてきた。

 親の七光りじゃないか……

 なんてやっかみも学生時代はあった様だけれど、そもそも七光りって言うものは、両親が生きていてこそ発揮されるものであって、亡くなってからは発揮しないのが常だ。

 ……彼が12歳の時に、彼の両親は亡くなった。


 祖母の代で繋がっているだけという、遠い親戚の私達。

 彼と私は、彼のご両親の葬儀の席で出会った。








「……何してるの?」


 大きな大きな家の、垣根の奥にある芝生の上、彼が寝転んでいる姿を見つけて、当時7歳の私は彼に近づいた。

 黒い服を着た大人だらけの屋敷に、〝大きな子供〟を見つけて純粋に嬉しかったとも言う。


「……空」


 ポツリと呟かれた言葉につられて空を見上げた。

 雲がぽかんと浮かんでいる青空は、どこまでもどこまでも遠くに感じた様に思う。

「空?」

「……見てた」

「面白い?」

「うん」

 言葉が少ない彼を不思議に思いつつも、ずっと傍らでおしゃべりを続けた私は……



 ある意味で、相当空気が読めていなかったと思う。



 でも、話し続ける私に、彼は時折相槌をうちながら、静かに空を眺めていた。

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