さくら木一本道


桜も三分ほど散り、所々で新緑も出始めた日曜の昼の事だった。


図書館にある自販機の前で、財布を持ちながら「ムッ…」とした顔で、ドリンクを見つめているさくらを勇次が見つけた。



(勇次)「……なにしてんだお前…」



さくらは勇次の言葉に振り返ることもせず、おもむろに喋りだした。



(さくら)「……ねぇ勇次… 目の前のたかだか120円のジュースに手も出せない高校生ってどう思う?」



(勇次)「いや知らんがな…」



そして持っていた財布を閉じて、さくらは覚悟を決めたように言うのだ。



(さくら)「決めた。私バイトする」



(勇次)「はあ? いや、別に止めはしねぇけどよ、大丈夫か? バイトなんか始めたら資料探しの時間削られるぞ?」



一刻も早く自分の世界に帰りたいはずのさくらが、なぜそんなことを言い出すのか、勇次には理解出来なかった。



(さくら)「確かに資料探しの時間を削られるのは痛いわ、けどね… 「時は金なり」よ、「一刻を争う」のよ」



(勇次)「何がお前をそこまでかき立てる…」



(さくら)「このままじゃ私… 来月号の「ビューテン」買えない‼」



「ビューテン」とは、さくらが毎月買っているファッション雑誌のことである。



(勇次)「お前そんなことのためにバイトするのか!?」



(さくら)「ええそうよ、悪い?」



さくらは「元の世界に帰る資料集め」と「来月号の雑誌を買うこと」を秤にかけ、雑誌を買うことを選んだのだ。



(勇次)「やはりお前のために言っておく、バイトなんかやめとけ」



(さくら)「何でよ‼ ビューテンを買えるか買えないかは私の死活問題なの‼ それとも何!? アンタが私のために小遣いからビューテン買ってくれるの!?」



(勇次)「オッケーさくら、バイトしろ」



(さくら)「んだよケチ‼ そこは男らしくおごりなさいよ‼」



そんなこんなで、さくらは人生初のアルバイトをすることになった。

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