渇望-gentle heart-
それからも、3人で、変わらない日々が続いていた。


俺は春にオープンする予定の店の準備が忙しかったけど、でも、毎日を大切にしていた。


百合とばあちゃんは相変わらず仲良しで、一緒に買い物にも行ってたみたいだけど。


そうやって、慌ただしくも楽しい冬が過ぎて、三月を迎えた頃。


それは、春と呼ぶにはあまりにも寒い日だった。



『おばあちゃん、入院することになったの。』


百合からの、突然の電話。


最近ばあちゃんは、風邪が長引いていて、念のために百合に病院まで付き添ってもらったんだけど。



『肺炎になってるからって、お兄ちゃんが。』


お兄ちゃん、とは、百合の一番上の兄で、医者のワタルくんのことだろう。


そういえば、確か内科医だったっけ。


入院と聞いて驚いたけど、でもそれならばまだ安心だ。



「わかったよ、俺もなるべく早く行くから。
悪いけど、百合、ばあちゃんと一緒にいてあげてくれる?」


俺はそのまま電話を切った。


業者との打ち合わせとか、従業員の確保とか、メニュー決めとか、とにかくやることなんてまだ山のようにあって。


そんなことを理由にしてはいけないのかもしれないけれど、でもこの時は、そこまで深くは考えていなかったんだ。


それが終わってから見舞いに行ったけど、ばあちゃんは眠ってた。



「ジュンはお店の準備しててよ。
おばあちゃんのことはあたしに任せてくれて良いから。」


「いや、そういうわけにはいかねぇだろ。」


「でも、おばあちゃんだってオープン楽しみにしてるんだし。
自分の所為で延期になったなんて思わせたくないでしょ。」


何だかまるで、百合の方が本当の孫みたいだった。


だから少し悪いとは思ったけど、その言葉に甘え、俺も夜には顔を出すと約束した。


なんてことはない入院だと思ってたんだ。

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