渇望-gentle heart-
「嘘やん、想像出来へんよ。」


少し恥ずかしい、けれどそれが俺の過去。


食べ切ったアイスの棒を咥えると、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。


まんまるの月だけに照らされた、俺達。



「コンプレックスだらけでさ、だから強くなろう、大人になろう、って思ってて。」


吹く風の冷たさにも気付かず、駆け抜けた。


人のあたたかさを知ろうともせず、弱い自分を必死で押し込め、虚勢を張って生きていた。



「人と比べたって何の意味もないってわかってるのに、勝ちたかったんだ。」


そうだ、何もかもに勝ちたかったんだ。


だから俺は、結局何も手にすることは叶わなかったのかもしれないけれど。


でも、不思議とここに来た時、自分はなんてちっぽけだったのだろうと思わされた。


それは、変化。


真綾が俺の心の中に、波紋を広げてくれたから。



「今は?」


「今は、たったひとつがあるから、それで良いんだ。」


かけがえのない存在の、彼女。


着飾るものさえ取り捨てた時、それでも俺の心を揺らせる、唯一の女。


あの頃、夜はこんなにも静かで、そして綺麗だなんて知らなかった。



「なぁ、跳び箱ってあるやん?」


突然に、真綾は素っ頓狂なことを言う。



「あれさ、高く飛ぶために、一度ぐっと踏み込むやんか。」

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