渇望-gentle heart-
「よう、主役の気分はどうだ?」


俺が声をかけると、サムは逃げるようにこちらにやってきた。



「最初は緊張してたけど、何かもう、みんなの見世物みたいでハズい。」


笑ってしまうほど、燕尾服の似合わない顔と、場所。


何だか田舎の子供がピアノの発表会でもするみたいなぎこちなさに、横で真綾は失礼にも腹を抱えて大爆笑だ。



「うち、ちょっとまどかのとこ行ってくるわ!」


ひとしきり笑った真綾は、別室にいる新婦のところへときびすを返した。


それを見送ると、サムは誇らしげな表情を浮かべ、顎ヒゲを触る。



「けどさ、一生の記念だと思えば、悪くないもんだよな。」


ガキのくせに、生意気な。


見るからに海の男って感じのコイツは、だけども日サロで焼いてたあの頃の俺よりずっと、良い顔をして見える。


家族を持つたくましさとは、こんな感じなのだろうか。



「これからは馬鹿サムも、姉さん女房の尻に敷かれながら、子守とかするんだろうな。」


「失礼なヤツだなぁ、ジローは。
もっとこう、祝いの言葉ってもんを言えねぇのかよ。」


「はいはい、おめでとさーん。」


棒読みで返す俺。


サムは不貞腐れたような顔で肩をすくめた。



「でも俺さぁ、きっと今、世界で一番格好良いんだろうなぁ、って自分で思ってんだ。」


「出たよ、自意識過剰!」


けれど、きっとそうだ。


俺は口悪い言葉でしか伝えられないけれど、でも誰よりお前は最高だ、って。


何だか兄貴のような気持ちになった。

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