【中編】夢幻華
去年のバレンタインの夜。

駅前のロータリーで、冷たい雪の降る中
傘も差さず冷たく濡れている彼女を見かけた。

バレンタインの夜ということもあり、彼氏にでも振られたのだろうと一度は通り過ぎたが、雪に白く染まる腰までの長い髪が杏と重なり、見過ごせなくて声を掛けた。

振り返った彼女は、杏をそのまま大人にしたのではないかと思うほどに、面差しが似ていて…
放っておくことができなくなった。

近くのカフェで事情を聞くと、彼女は兄と喧嘩をして家を飛び出してきたらしい。

家に電話をして帰るように促しても頑として聞こうとしない。

困り果てた俺は、近くのビジネスホテルを手配してやり、翌日再び様子を見に行った。

もしかしたら、もういないかもしれないと思ったが、彼女は俺を待っていた。

彼女は俺の一つ年下で、瀬名 百合子といった。

4月から俺と同じ大学に通う事が決まっているらしい。

どちらかというと世間知らずに育ったのか、電車に乗ったのも、実は大学の推薦入試を受けに来たときが初めてだったのだという。

兄に内緒で大学を決め、家を出ると言った事で口論となり、思わず飛び出したが、どこへ行けばよいかも解らず、唯一電車で出かけたことのあるこの土地までフラフラと来てしまったらしい。

呆れて物が言えない俺に、彼女はあっけらかんとして、このままこの土地に住むと言いだした。

お嬢様の冗談かと思いきや、その日の内に、『ボロ』と頭に付きそうな築25年の木造アパートを借りたのには、舌を巻いた。

どうやら彼女は相当な金持ちのお嬢様で、クレジットカードを見せただけでアッサリと物事が思い通りに運んでしまうらしい

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