河童沼ロマンティック


リビングではまだ父がうたた寝しています。

ブランケットをかけ直し、すやすやと眠る父の、歳をとった顔を眺めるとおじいちゃんが浮かんで来ました。
おばあちゃんに似ていたはずの父なのに、やっぱり親子なのです。


母はまだ来ません。

壁際の寝椅子に体操座りをして、膝におでこを押し当て目を瞑る。

優しくて明るくて魅力的な川原さんが河童だったら

その思いつきは私の心を、より楽しいものにしていました。

どのくらいの間、そうしていたのでしょう。
ドアの開く気配がして、母が来たのかと見上げると、川原さんが顔を覗かせました。

「どうしたの?」
「おやすみ、言ったっけ」
「言ったよ」

私が笑うと、川原さんはばつが悪そうにはにかんで、私の座っている寝椅子の端っこに腰を降ろしました。
「寝ないの?」
「お母さん、来るから」

川原さんといると、あっという間なのに、時間がゆっくりと流れているように感じます。

「本当におやすみ、言った?」
私達は寝ている父を気遣って静かに笑う。

「おやすみ」
そして川原さんは私にキスをしました。

唇が触れるか触れないかくらいの短いキスでしたが、きっと私の唇は彼のそれを待ち構えていたのでしょう。

ためらうようにしながら、私達はもう一度、唇を重ねました。

今度はゆっくりと長いキスでした。

時間が止まったかのように感じる瞬間があるとすれば、それはその時でした。

この家で、今までに何度、時は止まって来たのでしょう。

若い時のおじいちゃんやおばあちゃんの想いも、どこかに留まったまま、あるのかもしれません。


唇が離れると、私達は照れたように微笑み合いました。
「おやすみ」
「おやすみなさい」


< 7 / 8 >

この作品をシェア

pagetop