夢中遊泳、その先に君



「…最近、眠れないんだ」


ヒロイチがぽつり、と漏らした声に、わたしは顔を上げた。

眼鏡にかかった髪を払う。その眼鏡は、ヒロイチが一緒に選びに行ってくれたものだ。

赤ぶちの。ううん、赤よりももう少し濃くて、ずっと深い。

ヒロイチの髪をくしゃりと撫でながら、わたしは読んでいた本に目線を戻した。


「コーヒーばっかり飲んでるからじゃないの」
「…うん」


ヒロイチの髪は、コーヒーの色だ。綺麗だけど、きっと舐めたら苦いんだろうなぁとぼんやり思う。

ヒロイチは、重度のカフェイン中毒だから。

髪の毛だけじゃなく、足のつま先まで染み込んでしまっている。だってお茶の代わりにコーヒーを飲むくらいだ。

ケーキにコーヒーはいいけれど、白米にコーヒーっていうヒロイチの味覚だけはどうも受け入れがたい。


ヒロイチが、わたしの手のひらのなだらかな弧に沿うように、頭を押し付ける。

猫みたいなその仕草にふふ、と笑って、でもすぐに目を見開いた。


ふんわりと風に舞い上がったカーテン。

そこから入り込んだ白い光が、ヒロイチの目の下の真っ黒いクマを引き立てたから。

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