あひるの仔に天使の羽根を
 
遠坂由香が、思い空気を気遣って、1人ノリツッコミをしていたけれど、煌が乗らない限りはそれが全て空回りだと、彼女が気づいた時には部屋はしんと静まり返っていて。


「……はあ…」


聞こえるのは馬鹿蜜柑の大きな溜息だけ。


「如月~、溜息ばかりついていると、幸せ逃げていくよ~?」


「……いいよ、どうせもう…幸せなんか…」


「判んないぞ? 頑張った子には、神様からご褒美が貰えるかもしれないぞ?」


黙り込んで考え込む馬鹿蜜柑に、私は鼻で笑う。


神様なんているわけがない。


幸せが欲しいのなら、自分で掴み取るしかない。


他力本願なんて愚の骨頂だ。


「俺、頑張ってるよな?」


私にそれを確かめようとする、本当に…愚の骨頂だ。


そんな時だ。


空気が邪気に澱み始めたのは。


「!!!」


私と煌は、瞬時に顔を見合わせて身構えた。


近づいてくる、禍々しい気。


邪気を露にさせたこの気配は、間違いなく……。


「煌、櫂様と玲様の処に行ってくる!!!」



返事を聞かずして私は部屋から飛び出し、ノックを省略して櫂様の部屋のドアを開ければ。


薄闇に佇む、緊張感漂う3人の姿。


その場面の経緯を推理している暇もなく、



「櫂様、玲様!!!

須臾が戻ってきました!!!」



そして、現れたのは須臾。


煌は時間稼ぎにもならなかったのか。


それとも、煌が見張ったのとは違うルートで出現したのか。


赤い…襦袢姿と、長く絡む黒髪。


まるで緋狭様の姿のようだが、気高さは一切無く。


淫靡に満ちた、穢れた"雌"の空気しか醸していない。


この女から……複数の"牡"の匂いが入り交ざっている。


そんな身体で抱きつこうとした…櫂様に大きく弾かれ。


露見したのは、今まで顔になかった傷痕。


誰もが驚愕に目を見開くのを感じ取り、須臾は半狂乱状態で悲鳴を上げて、その顔を髪で隠した。



「それは、俺がつけた傷だな?」


低く…憎しみさえ込めたような櫂様の声が響いた。
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