あひるの仔に天使の羽根を
 
 
「な、何?」


思わず身を強張らせて、背筋を正してしまう。


仄暗い中でこちらを見つめる憂いの含んだ切れ長の目は、少しだけ甘さを増して。


そして端正な顔でふわりと微笑むと、あたしの後頭部に徐に手を回し、自分の鎖骨あたりにあたしの頭を押し付けた。


「此処は俺しか居ない。

――泣け」


耳元で、心地よい声が響いた。


「へ!?」


直に触れ合う櫂の温もりに、跳ねる心臓を押さえながら、


あたしは思わず、顔を上げて櫂の顔をまじまじと見つめてしまう。


「泣きたいんだろ?」


「……泣きたくなんか…」


「意地っ張り」


櫂はそう笑って、あたしの片頬を抓った。


美貌の幼馴染は何でもお見通しで。


ほろり。


涙がこぼれる。


「……泣きたくなんか……」



ほろり。



「俺相手に我慢すんな。いいから」


柔らかい空気に、あたしがあたしでなくなってしまいそうで。


張り詰めた空気が、溶解していきそうで。
それが無性に怖くて、不安で、あたしは嗚咽を押し殺す。


櫂は少しだけやるせないような顔をして、


「……泣けよ。俺がいるからいいだろ?」


それは請うように。


それは誘うように。


吸い込まれそうに揺らめき立つ櫂の色気。


こんな時に何故それは発動されるのか。


櫂にとっては無意識の、あたしが簡単に崩れそうな誘惑に。


このまま囚われては、犠牲になった崇高な者達は浮かばれない。


駄目だ。


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